2017年07月15日

自然栽培の進化

自然栽培の進化

長年自然栽培に取り組んできて
多くの情報を吸収し実践してきて思うところがある。

目先の技術に捉われるのではなく
地球環境における自然と言われる状況に応じた方法を
その場その時で使い分けることが出来るようになることこそ
自然栽培の生産の技術であろうと。

今まではその前提での葛藤。

ただ単に肥料を使わないことこそ
農薬を使わないことこそがその条件みたいになっていたが
それで自然を知ったような気分になっていただけではないか?

簡単に自然という言葉に騙されていないか?

自然という単語は
明治時代にアメリカからの単語(natural)を訳するに充てられて始まったと聞いた。
訳した人は知らないがそういう表現がそれまでに無かったということだ。
(natural)は自然の~天然の~という意味合いの形容詞。
人の手がはいっていないありのままの状態を表すらしい。

ということは人の手が入る自然栽培なんて言葉だけで考えたらありえない状況。

つまりは自然栽培とは自然または天然に出来るだけ近い状態のものを生産するということになるのだろう。
しかしこれは生産側の考えであり
それを食する人から考えたら
生産方法がどうこうではなく
生産されたものが自然に近いものという判断でいるのではないかと思う。
(思っている?思わせられている?)

自然にできたものに近い生産物とはどういうものなのか?

はたしてそれを考えて生産している生産者はどれだけいる?

肥料と農薬を使わなければ自然栽培?


簡単に言うと自然栽培は販売に都合がよいと使われているだけのような気がする。
そこに焦点を置くと
いいかげんだよね。

自然とは何か?
自然の循環から生まれる植物はどうあるのか?
そこに目を向けて本当に良いと思われるものを追求している生産者はどれだけいるのか?

本当に良いとはいったい?

生産するにあたり
そこの見るところを間違ってしまったら
全く違ったものを作っているのかもしれない。
肥料と農薬を使わないだけの駄作。


駄作を作らないにはどうしたらいい?

自然は簡単に理解できないし操るなんて無理難題に感じる。
しかしそれで生産するとは奢った人間だよね。
ならば
今出来ることから始めて積み上げていくしかないんだよね。
自然に向き合い自然を観察し
自然の流れを少しでも理解する努力を惜しまない。
理解が進めば少しづつ進化していく。

これこそ自然栽培の向かい方ではないかと。

あれこれやったらそれは自然栽培ではないとかいう人もいるけど
自然栽培の捉え方はいろいろ。

自然をできるだけ理解しようとする努力をしない人から言われたくない。

だから販売手段と言ってしまうのかもね。

でもね、
やっていて思うのは販売価格が安いな~って

出来るだけ思うものに近づけようとすると合わない。

いずれ生産者が少なくなってしまえば高騰するんではないかと思う。
安いものを求める人は安全と思えるものは手に入らなくなるかもね。
その時はもうすぐそこに来ているんだよね。

ああ~脱線してきたから今日の妄想は終わろう。



つまり
そこに留まっていては自然栽培なんて・・・・ってことさ。







chorga at 00:01│Comments(0)

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