2015年05月31日

自然栽培の考え方

自然界におきている事象をつきとめ
栽培に利用する方法を自然栽培と呼ぶ。

自然栽培とは肥料と農薬を使わないだけではない。
それはそれは真剣に考えると大きな広い分野にまで手を伸ばさなければ
ひとつの形にはなれないであろうの題材なのだ。

宇宙から太陽系、地球の歴史、地球の学問、地球の素材、生物の成り立ち、
生物に欠かせない土の学問、科学、化学、農学、環境、人と植物の関係

自然栽培の前呼び名、無肥料栽培からこれだけの事柄を考えるようになってきた。

自然という言葉はあらゆる事柄を包括してしまうために
それらを勉強しないではいられないのだ。

太陽と地球と月との関係から入った岡田茂吉氏
その流れからの自然栽培がある。
草とか作物の自由競争からを観察しての福岡正信氏
観察からの自然栽培もある。

本物の自然栽培はもっと深いところまで行かねばならないと思う。

そこには微生物、土、現代科学でも行き着けないところまで考える必要性がある。


今まで言及してこれなかった土はどうやらわかってきた。
微生物は今までの考え方ではちょっと違うということもわかってきた。
それに実際に生産(栽培)するに対しての生態もわかってきた。

さらにこれに地球という中で生きる生物の生き方を考えることで
無機質の関わりを追求していくという題材が出てくる。
これも一部の研究で見え隠れするような状況になってきた。

ずっと自然栽培を追いかけてきたが
追いかけると自然栽培ではないと言われるのだが気にしない。
彼らは単純に取引条件として出すだけで
本当の自然栽培を追いかけてはいない。
まあ、考え方の違いであると言えばそれまで。

私はずっと自然栽培を追いかけ続けた。


突き詰めてくると以外に簡単なところにまとめることができそうだと思うようになった。
ある事象はその環境を作ってやることで再現性が見える。
その環境を再現することが生産現場の仕事となり
結果も再現できる。

どう考えても地球の環境でしか再現できないし
必要なものも地球の環境で入手できるものだけでいい。

自然界の組み立ては、そこにあるものだけで組み立てられてきたものばかりだ。

化学的に作られたものは自然界に存在するものに近いが別物であったために上手くいかないだけではないか?
自然界に存在するものを生み出すことができれば自然界のものに匹敵するものが生み出せるのではないのか?

そういう考え方をすると
自然界に存在する仕組みが良く理解できないうちは
自然界の中で生み出されたものは再現できない。

今の自然栽培の考え方は浅すぎるんだな。

たとえば土の生成に微生物と珪酸と有機物が絡んでいることを言い出したときに
みごとにのけ者にされたが、
いかに自然を知らないかというか、本当のことを突きつけられたときの反応はこんなもんだというのを知らされた。

自然界でも自然の化学反応が起きてこそいろんな事象が生まれる。
それらを再現できるようになったら自然の利用ができるようになるのに
受け入れようとしないのは既得権益が侵されると判断するからだろう。

そこには追求という行動は起きないわけだ。

自然栽培の追及から生命の追求にまで考えるようになったのだけれども
自然栽培はそんなところまでを考えなくてはならなくなってしまうのだ。

そこから生産を考えることが自然栽培なんだよと私は考えるようになった。



chorga at 11:25│Comments(0)思い 

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