2015年03月

2015年03月19日

自然界の驚くべき新事象

自然界の驚くべき新事象

普通の農業から無肥料の領域に入った時にはとんでもないことだと思った。
それはある程度の理解できる部分と出来ない部分とがある。
その理解できない部分を説明できる何かを求めて土の生成に行き着いた。
それでも足りなくて植物生理に向かう。
いずれにしろ有機物の変遷による流れを詳しく理解する事のようだ。

そして今そこに
無機物の関わりが明らかになって来つつある。

頭に浮かんだのは土壌生成理論でのケイ酸の関わり方だ。
はたしてその考え方とは違う方向からのアプローチで
信じられない研究結果が出てきている。

ケイ酸塩が絡む自然界の無機物が有機物の成長に大きな影響を与えているという。
それはアメリカでの試験研究での100回からの試験で成果を出してしまった。
理論的な追求に入っている段階なのだ。

またしても今まで知り得なかった自然界の真実が表舞台に出てくるかもしれない。
知り得なかったから何かの作用と思える部分だが解らなかっただけか。

自然界の、あるケイ酸の関わるものだけで植物の成長を増長させてしまう。
今までの肥料とか養分とかの農学概念が吹っ飛んでしまう。
これを技術的に体系できればいったいどうなってしまうのだろう?

今はまだ詳しく説明できる状態にないので
簡単に書いてしまっているのだが
方法も簡単そのもので、それだけで?ってくらい。

追求すべき課題はだんだん出てくるかもしれないが
基礎的な部分はもう少しで出来上がってきそう。

自然栽培での生産できてしまう理由も簡単に説明できてしまうかもしれない。

この技術を安全で安心な食に結びつけることができれば
いとも簡単に自然栽培を追い越してしまうかもしれない。

注目すべき新事象は避けて通れなくなっていくのだろう。



chorga at 01:00|PermalinkComments(0)自然 

2015年03月07日

中庸

中庸

私のセミナーで毎回話をして頂くTAO塾の波多野氏がよく言う「中庸」

******************************************
中庸は徳の至れるものなり
ちゅうようはとくのいたれるものなり・・・・・
なにごとをするにも、やりすぎてはいけない。そうかといって遠慮しすぎるのも良くない。
ほどほどに行動するということが、最高の人徳というものであります。
******************************************
という事らしい。
波多野氏の話は聞くたびに背中が伸びるような感じ。
陰陽と中庸という言葉から感じるものは
「動」と「静」そして「均」

今までの私の行動は「動」が大きく
それは「激」という言葉がつく「激動」だった。

10年考え続けた自然栽培
そこに理解しがたい部分を追いかけてある程度の知恵は持てた。
だがそれは人が勝手に決めた自然栽培とは違う。

自分自身の自然栽培とはなんなのか?
自然界の大きな動きと微細な部分が共存する
互いに絡まりあった人の知識では理解できないところをも包容する

そこに至るには自然界のルールがある程度分からなければたどり着けない。


今の時点でたどり着いた言葉は
「良い食」

簡単な言葉だがとっても難しい。

それにたどり着きたいがために自然栽培をやってきたようなものか。
ところが自然栽培をやっていくにつれ
どうしたらいいのかの指針がぶれて見えるようになってきた。
何かが違うと思うからこそ色々やってみる。
そこから見えるものはある意味全く違って見えることもある。
だが
目標が決まっているから自分自身はぶれているとは思わない。

自然栽培という言葉だけに懐いた人には理解できないところかもしれない。


自然栽培、土壌生成理論、BLOF理論を経て
その先の世界を目指す。

そこに「中庸」という言葉があてはまる場所がありそうな気がしている。





chorga at 03:40|PermalinkComments(0)思い 
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