2015年10月14日

バイオマスセミナーに行ってきた

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菊池市でバイオマスセミナーが開催された。
バイオマスって何?だよね。
題目としては家畜排泄物のエネルギー利用に向けてってことらしい。

耕蓄連携がとても気になる私は
熊本県が関わってやるというからどんな話があるのかと期待が大きい。

自然栽培でやっていて自然栽培が嫌う動物性の肥料に関わる話を何故に聞きたいのか?
自然栽培に関わる人は疑問に思うのかもしれない。
それは自然循環の見る視点の違いではないかと思う。

自然栽培では植物だけでの循環を見ていて
土の本来の力の科学にさえ目を向けない。
地球上の生に関わるのは人間を含めて植物だけではない。
全ての生には循環が付きまとう。
植物をベースに微生物から人間までの動物が関わる循環がある。

そのことに目を背けて植物だけしか見ないような偏った感じに疑問を感じる。
地球上の大きな循環を考えなくて自然を解った気になってはいけないと思ってしまう。

話の内容は
おもに畜産から出てくる排泄物をどう利用するかの
ひとつの方法論ということ。

燃やして電気に変えるか?
メタンにしてエネルギーとして利用するか?

いずれも良い話に見えるが付きまとう問題もあるらしい。
燃やせば二酸化炭素での温暖化に
メタンにすれば事後処理がかかわってくる。

メタンについてはその後にメタン発酵消化液なるもので
耕作に利用、その結果が良好という話だった。
いやまてよ!って突っ込まなかったが
そこが今までの問題点じゃなかったっけ?

その部分には腐植を絡ませないと上手くいかないんじゃ?
ようするに肥料という観点からしか見ていないから、上手くいくかなあ?

いずれにしろ県がこのようなセミナーをやるということは
処理に困っているという証拠だろう。
腐植というテーマに関わって5年
自然栽培との絡みを考えてきたが
その流れで有機栽培の急激な進化を知り
自然栽培を科学していかねばいけないとの思いが強い。

大きな循環から考えて
有機物の循環を考えながらより良い生産物を生み出せないかと思うのだ。

自然栽培での素晴らしいものを
さらに進化させたいという思いかな。

自然栽培は確かに素晴らしいのだが
どこか片手落ち
肉を食べるのにその糞尿は知らないとそっぽを向けることに違和感なのだ。

腐植を知ってその解決法が見えてきている。
組み合わせだけで解決出来そうに思っているのは一部の人だけ。

こんなことを書くと自然栽培を辞める?って心配する人が出てくるから書くけど
自然栽培は辞めませんよ。
自然栽培をやっていきたいからこそ
この問題にそっぽを向けられないと思うだけ。









chorga at 03:07|PermalinkComments(0)

2015年09月28日

稲刈りが近づいてきた

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11年目の田


肥料と農薬を使わなくなって11年目の稲刈りがあと3週間ほどで始まる。
今までよりさらに遅くなるようだ。
昨年一昨年は周りではウンカの被害で大変だったが
今年は今のところ落ち着いている。
11年の間に何故肥料が無くても成長するのか?の疑問を追求し解いてきた。
さらにはそこにある土の役割、有機物の循環も理解できるようになった。

自然栽培の始めに手痛い自然からの仕打ちを受け
何とかできないかともがいたおかげで
何故?が一気に解決してきた。

「安全なもの」を一番のテーマに考え
さらに「良い」ものを追いかけて
今の方法に行き着いているが
さらにちょこっとの手を入れるだけで良くなる。

あまり手を入れすぎると自然栽培のカテゴリーからはずれるとか言われるのが
研究を進めるネックになっている。

そこで新しい有機栽培の考え方であるBLOF理論の手を借り
土壌検査で追いかけてみた。

思いがけない結果がそこには待っていた。

①稲刈り後の田
②稲藁処理後の田
③水入れ前
④水入れ直後
⑤成長中の田

これを土壌検査で追いかける。

現場でのあれこれで
①③④で検査の結果を得ている。
⑤はこれから検査する。

驚いたのはPH
稲刈り直後に8という数値が藁処理した後から5.5くらいまで落ちていた。
ようするにアルカリから酸に変わっている。
水を張っていると還元作用があるからアルカリに見えるのは理解できる。
しかし藁処理した後にPH5台になってしまうことにはちょっとびっくり。
Fe、Mn、は水を入れたとたん急激に大きな数値を出すようになる。

細かく検証はやっていなくて何故?が吹き上がる。

圃場は11年間肥料農薬を一切使っていない。

この何故?の科学的な理由がわかってくると
自然栽培は誰にでもいきなり出来るようになってくるかもしれない。

いずれにしても何かの処理で大きな変化が出てくるのが自然界なのか。
色んな文献を調べ、現場に落とし込むのはなかなか大変だ。


それでもちゃんと育ってくれている稲を見ていると
本当にすごいなあ~って思ってしまうのだ。


chorga at 10:04|PermalinkComments(0)今日の記録 

2015年09月05日

土と循環


地球が生まれて46億年だという。
化学の発展と考古学からわかってきている。
そして46億年の歴史もかなり詳しく解ってきているようだ。
今の地球は人間が支配しているように見えるが
人間を含む動物は植物が無ければ存在できない。
その植物が地上に出現したのは4億年ほど前だという。
地球の環境が変化し住めるようになったか
また海で生きていたものが地上の環境に適応してきたか
そのどちらも重なってのことかであろう。

地殻変動などから玄武岩からその上に安山岩が出来てきて
それが植物とともに土を生成し始めた。
そこにあるもので生きる状態を作り出すために植物は
土を作っていったのではないだろうか。
海中にあった植物は二酸化炭素から酸素を作り出し地球を変化させた。
そして岩石だらけだった地上に進出し土を作り出して
生きる道をつなげてきたのだ。
土が出来る過程を見ると、過去の歴史が透かして見える。

有機物は微生物の助けを借りて、腐植を作りそこに珪酸が関わることで土になっていく。
その土は次世代の生きる環境を生み出す大事な環境物質となった。
土が植物の成長に大きく関わる理由だと思う。

植物が繁殖してさらに進化した動物が出てくる。
有機物が複雑な仕組みを取り入れ動けるようになったものが動物。
動物もまた土の恩恵を受けなければ生きていけないのだ。

このときからすでに循環が始まっている。
植物動物ともに生きてその役割を終えると有機物として土に還元され次の世代に利用される。
土に返るとはそういうことだ。

生きている間にも生活の代謝による吸収と排出が起きている。
生まれて育ち、次世代を残して老い死んでいく。
人間も食べて必要なものを吸収し、汗、糞尿として排出する。
糞尿は分解されるか土になっていくかで再利用されていく。
そういう循環が出来ているからこそ生きていく環境がある。

もしその循環が出来ていなければ
地球上は糞尿だらけだ。

つまり、有機物があったからこそ土が出来てきた。

その土こそ生物が生きるための多くの役割を持って存在している。

自然界を見渡して、人が生きるに重要な要素とは何だろう?
空気、水、食料があれば命はつなげる。
それからはそれらを効率よく手に入れる知識

それらが土に関わっているということを人はあまり意識していない。
ましてや、土を基本に生活をする農に関わる人でさえ
実は土のことを知らないのだ。

あなたは知っていますか?
土って何ですか?
土ってどうやって出来たのですか?

人が生きるに重要な働きをしている土について
もう一度考えてみてはいかがでしょう?




chorga at 22:58|PermalinkComments(0) 

2015年08月11日

今の思い

生産現場から流通までやっていきたいと考えている。

自然栽培に関わって11年
日本の主体の流れからかけ離れているために
多くの不都合も生まれてきた。

だが、自分の思いを追求し続けている。
行き過ぎなのか自然栽培の仲間も少なくなってしまう。

そこに何があるのかを考えてみると
それぞれの都合によるものみたいだ。

生きるためには何かに巻き込まれていくのが利口かもしれない。
だが、自分の思いとのずれがあるとしたときに
ずれに存在するものを追求するのか
黙って生きるために巻き込まれてしまうのかが分岐点。

追求していくのが私の向かう方向。

はっきり言う。

今までの自然栽培は何かしらねじれがある。

それがいったい何かを追いかけているのが今の自分。
自然栽培の世界ではわからないことが多いために
見る世界を広げて多方面に知を求めている。

そうやってきて
統合できる状況があることに気がついた。

求めるところは
BLOF理論と自然学
自然栽培の実践から勝ち取った経験
これらが融合するところだ。


自然とは
多くを許す懐がある。

その中での人の欲が壁を作ってしまう。

自然栽培での人の肥毒の部分
いつのまにかその環境での欲がそうさせている。
狭い世界での見方しか出来なくなってしまっていないか?



今、私は色んな思いの中で
何を求めているの?と考えてみた。

生産だけでは生きずらいのと
買っていただく人の思いがなかなか戻ってこないことの葛藤。
自分の行く道はこれでいいのか?という困惑。

これらを考えた末の流通参入だった。

私の思いだけで突っ走ったために
金銭的に行き詰まり恥をさらしながら
多くの人の協力をいただくことになった。

本来ならば自分の土地を処分して自分で解決するところを
多くの人のおかげで皮一枚でつながっている。
感謝の言葉しか出てこない。

助けてもらって

だからどうする?

恩返しするのはあたりまえだが
この恩はそれだけのものでは無い様に思っている。
自分の追及してきたことの証明をしろ!といわれている気がしてならない。

まだまだ不十分ながら
自然のこと
宇宙のこと
土のこと
微生物のこと
無機質のこと
植物のこと
動物のこと

いろんなことが絡み合って循環し
そして目の前にあることの事実

そういうことが解ってきている。

何かをしろ

というならばやるしかないだろう。
今の問題をどう解決するかはこれからも考えるのだが
とっくに破綻の状況をつないでいただいたのは
まだ仕事をさせてもらえるということ。

生きれる残った時間をどう使うのか?
やれることを精一杯やっていくことから
見える何かが在る気がしてならない。



chorga at 21:34|PermalinkComments(0)思い 

2015年07月23日

腐植

自然栽培から土とはなに?に突っ込んで
有機物からの変遷での土になる事がわかった。
その過程にはいろいろあるのだが
その部分が普通には理解しがたい変化がというか科学的&科学的なシステムがある。

その過程で腐植という状態を通る。

有機物→腐植→土

これは分子が集まってさまざまな形につながりあう重縮合反応で高分子化する事だ。
これを高分子発酵とでも言えばいいのかな。


一般的には発酵と腐敗は同じ分解現象として捕らえられているのだが
人(動物)に都合の良い状態になってくれることを発酵
そうでない状態になる事を腐敗と言っている。

もうひとつの発酵は分解でなく分子が集まって縮合していく様
有機物の変遷は分解だけでなく集まり大きな分子構造を示す方向もあるのだ。

大きな分子構造になってくると
そこにキレート構造が作られる。
何故そうなるのかはまだわかっていない。

そのキレート構造が出来ることによって
あらゆる緩衝作用を担うことになる。

土の団粒化はそこから派生するし
それには科学的な電子の動きが係わってくる。

そういう状態を腐植状態といっているようだ。
腐植についてはわかっていないことが多くあるのだが
その大きなくくりは
土壌生成理論でほぼ説明がつく。

自然栽培で何故植物が育つのかは
ほぼ土壌生成理論で説明がつくのだ。

当然微生物の係わりがあるのだが
その微生物の係わりも非常に簡単に説明できてしまう。

腐植前駆物質は
その能力を最大限引き出せる状態といっていいかもしれない。


そこまでわかってきているのだが
今後は腐植前駆物質をわざわざ使わないでもよかろうとという考えが出てきた。

自然栽培のカテゴリーでは何も使わないことが重要視される。
腐植前駆物質を利用したほうがいいものが出来ることはわかっているが
それを主張しても何も使わないほうが良いと思う人が多い以上
その流れに乗っていったほうが良さそうだ。

常に研究しながら最高のものを生み出す努力はするが
先端を行き過ぎると誤解されることが良くわかった。

少しおとなしく研究してみることにしようかと思う。
すでに今までの自然栽培を凌駕しているのはわかっているのだが・・・・



腐植とはどこまでの奥深さを持っているのか?
 人生をかけて取り組むだけの魅力をもっている。


 

chorga at 23:46|PermalinkComments(0)
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